▼はじまり
高校生のA君が、
四国のお遍路さん参りを
現在進行形で日記で記録することになりました。
本日はその日記の第一回目です。
A君の連絡及び日記の情報は、
エッジ(PHS)から送られ、
その情報を当ホームページに記載しています。
★今回の予定は、
自転車で全行程88カ所を回る予定でしたが、
歩いて回ることになり、約半分を回ることになりました。
日程の予定は、8/5に横浜を出発し、
第一のお寺である霊山寺に着き、
8/6に第二のお寺である、極楽寺から地蔵寺までまわります。
今回の旅の最終は、40番目の観自在寺(愛媛県)になります。
2007/08/24 に横浜へ帰る予定になっています。
【ご注意】
★色違いについて
◎青色文字:A君のエッジからのメール内容
◎茶色文字:A君の日記から後日記載
◎緑色文字:サイトの整理者
▼旅の出発の三日前
★お遍路さん三日前…………2007/07/27
まだ実感がわかない
問題があとから出てきてそれどころじゃない。
ドタバタして出発しそうだ。
本当に無事たどり着くことが出来るのだろうか?
なにを目指してこれをするのか?
なにか見つけられたら良いと思う。
▼2007/08/04
事情(ケガ)があって、
出発が少し遅れています。
★2007/08/04
怪我をするといろんな事を考える。
自分なんかは
運命なんかを浮かべてしまうんだが、
どうだろう?
なにか途方もない流れによって、
気付くとユラユラしている自分がいる。
でも、出来れば
なんか自分で掴みたいこともある。
そしたら、停まった足を前に向けるしかない。
だからまた行こうと思う。
良かったかは後で決める。
腹の下から一歩!
▼ 本日出発…………2007/08/05
A君はケガで、出発が遅れましたが、
本日、早朝に、鈍行列車で出発しました。
★2007/08/05 : 4時32分(エッジメール到着時間)
A君からの連絡 : いま、浜を出発します。
★2007/08/05 : 10時16分(エッジメール到着時間)
今日出発する。
まあ、
最初は電車に乗りっぱなしだから
実感は湧かないが
少しワクワクするのと、
大部分の不安を背負って旅をしている。
★2007/08/06 : 6時06分(メール到着時間)
A君は、いい人に出会い、
困った人、出来事に出会っているようですね。
今日は電車に乗った。
足がむくんで歩きにくい。
それと財布が無くなってしまった。
ちょっと目を離した隙に…。
幸い、分けておいて良かったが、
明日もう一度探してみる。
前途多難だ。

【後日記載:A君の日記】
ヤブ蚊と電車に悩ませられながら
目をこすって見てみると、
そこは、いつもとは全く違う所だった。
地元のおばちゃんと遍路について
いろいろ教わった後、
知り合った自転車のギター青年と別れ、
1番の霊山寺を目指した。
そして最初にしていきなり公園で野宿という難関に挑もうとしていた。
正直かなり恐くてびびってたのだが、
運良く温泉センターのベンチを借りることができ、
ほっと一安心。
歩いてると気づくことなのだが、
他の方法(バスとか)で、お寺をまわってる人たちの
”歩き遍路”にたいする尊敬のまなざしがすごい。
改めて”歩き遍路”の重みがずっしりきた。

★2007/08/07:9時41分(エッジメール到着時間)
A君は、野宿をしながらお遍路さんをやっています。
やぶ蚊に刺されながら起きてきて見ると
外は五時なのにすっかり明るくなっていた。
慣れないお経は恥ずかしいが、
大声を出すと気持ちいいもんだ。
まさに大海原にのりだす気分だ。
【後日記載:A君の日記】
今日もいろんなことがあった。
さあ、昨日よりもっと歩くぞと思ったら、
郵便局にお金を取りに行ったりして
すっかり遅れてしまった。
自分の姿が車の中から見られてたらしく、
若いニイチャンに声をかけられた。
どうやらナイキの靴を覚えてたらしい。
なんかさみしい10の寺を過ぎると突然スコールに襲われる。
ただでさえすごい雨だってのに雷まで落ちてきて、
そのすごいことと言ったら
まさしく雷神の怒りだね。あれは・・・。
あとで森を歩いたらずっと焦げ臭いにおいがした。
そして その後11番近くの鴨の湯というところで泊まる。
そこでもいろんな人と出会った。
僕の相部屋には若い大学生ぐらいの男の人がいた。
その人は「人の縁」というものをすごく大切にするらしく
電車とかでも隣の人と友達になるらしい。
普段の自分は人としゃべる場でも
必要の無いときはあまりしゃべらず、
電車なんてとんでもないと思ってた。
でも、「1秒に一人ずつ逢っていっても生涯で世界人口の3分の1ぐらいしか出会えないものなんだ。」って言う話を聞いて、
今ここに誰かと居て一緒に話のできることが
どれほど大切なことかが、
じんわりと体に沁みてきた。
・・・縁を大事にしようと思う
★2007/08/08
現在A君は、11番の藤井寺から12番の焼山寺まで、43kmを歩いています。
今回のお寺との間で四番目に距離があり、
1日がかりで歩く予定です。
山の中なのでエッジ(PHS)の通じないところです。
【後日記載:A君の日記】
今日は鴨の湯から出発して、
11番の藤井寺・12番の焼山寺の札所を打って
神山温泉の近くのあずま屋に野宿した。
途中山登りでは、
アップダウンが何度も繰り返されて、
最後の焼山寺までの登りでは崖かと思うぐらいだった。
着くと気の緩みからか軽い熱中症になった。
重い足を引きずりながら神山まで行くと
近くのスーパーで久しぶりの暖かいカップヌードルを口にした。(うまい!)
明日も前に進むか!
★2007/08/09
本日のA君は、12番の焼山寺から13番の大日山寺まで、30kmの距離を歩いています。
昨日より距離が短いので、体調的、精神的にちょっと楽かもしれません。
今回もエッジ(PHS)メールの通じないところです。
早くメールの発信できるところに着くといいですね
【後日記載:A君の日記】…………8/27記載
今日は神山温泉から出発して、13〜17番のお寺までまわり
17番井戸寺近くの善根宿に泊まった。
13番の大日寺までの道筋では、
初めて水が切れて脚がフラフラして
意識がボーっとしながら無人の山道をひたすら歩いた。
途中の井戸水があごが外れるぐらい旨くて、
有り難かった。
善根宿では畳やお湯のシャワーもあって、
めっちゃ気持ちよかった。
お風呂に入れるのが
こんなに良いものだったのか・・・
部屋には4人の遍路さんが居て
久しぶりにそれぞれの旅を話し合った。
その中で岩瀬さんという遍路さんが、
僕がお金がないことを知って
1万円をくださった。
本当に有り難かった。
岩瀬さんありがとうございました。
★2007/08/10
本日も、A君は、メールのとどかないところにいるようです。
本日の回っているお寺は、
13番の大日山寺を出発して、14番の常楽寺、15番の国分寺、16番の観音寺、17番の井戸寺までを回っていると思われます。
今日、予定している各お寺の間の距離は、
平均3qくらいなので、前日までに比べ、気分的に楽かもしれません。

【後日記載:A君の日記】…………8/28記載
今日は17番から出発して20番の山のふもとまで進んだ。
最初は久しぶりの市街地で
その後は国道の炎天下の中をひたすら歩いた。
もう駄目だ・・。
やめたいとなんども心で祈ったが
脚が勝手に進んでいった。
そして神様も見かねたらしく、
僕にミカンなどの接待をしてくれた。
歌を歌いながら19番まで行くと
そこにおばあさんが居て、
ビニールで作った小さい下駄をくれた。
これは良いお嫁さんをもらえるように編んでくれたらしい。
「息子と同じ目に遭わないでね」と言って下さったのが印象的だった。
その日泊まった20番近くの直売場では、
なにやらたくさんの人が一夜を過ごせるらしく
7人ぐらいの遍路さんと一緒に寝た。
そこで、
八十八カ所をずっとまわってるすごい人から
「白衣ってのは四国を回ってるときにいつ死んでもいいように白装束として着るんだ。おまえにその覚悟はあるのか」と
聞かれて言葉に詰まった。
自分は死ぬ覚悟ができているのだろうか?
その事が胸に響いて、その夜はずっと考えていた。
★2007/08/11
本日のA君は、17番の井戸寺か、18番の恩山寺近辺から出発し、19番の立江寺、20番の鶴林寺くらいまでを回る予定になっています。
でも、メールを依然として送れないところのようです。
今日あたり、どこかでメールが送られてくると……。
メールがまちどおしいです。(ウイルコムさん、四国の88カ所のお寺の近くに、PHSのアンテナをたてていただけないでしょうか。次回の旅のために)
【後日記載:A君の日記】…………2007/08/29記載
今日は20〜22番まで回り、その先の福井ダム公園というところで一夜を過ごした。
最初は前日に泊まった
5人ぐらいで出発し、話しながら進んだが、次第に分かれて、とうとうまた自分だけになってしまった。
この遍路道は実はくせ者で、
僕は12番の焼山寺を登り切ったから後は楽勝とおもっていたのだが、それと同等だと思うくらいの山が続き、めっちゃ疲れた。
泊まったところはダムの近くの誰もいない公園で、
夜は真っ暗になってすごく恐かった。(実は一人でホントの野宿をするのはこれが初めて)
歩いて、寝て、食べるだけの生活をしていると、感覚がとぎすまされてきて背中にびりびり感じるものがある。
これが生と死ってことなのかなぁ
★2007/08/12
本日、朝、A君から公衆電話で「げんきです」
との連絡がはいりました。
エッジの充電器の調子がわるく、メールも電話もできなかったとのことです。
なお、現在は予定よりすこし早めにすすんでいて、
22番の平等寺と23番の薬王寺の間をあるいているとのことです。
A君は、財布を紛失し、別にしまっておいたお金だけでは、帰宅する電車賃が不足していましたが、
しんせつな人の援助があり、
予定どおりに、お寺まわりをして、
なんとか帰ってこられそうです。
彼は、旅をつうじて、問題にぶつかり、しんせつな人に出会い、問題を処理してと、さまざまな現実の体験を行っています。 がんばれA君。
【後日記載:A 君の日記】
今日は、23の薬王寺〜24までの途中までの道のりを歩いた。
朝からの大雨にテンションもかなり下がり
午前は全然歩けなかった。
薬王寺を過ぎたあたりからやっとテンポが
上がってきて
これで行けると思ったら、降ったりやんだりの連続で足止めをくらい、
結局、9時まで歩かせられる羽目になった。
くたくたになって泊まったのが鯖瀬駅で
近くに鯖大師がありそこに泊まれたらしいが、
知らずに駅で寝てしまった。
駅にいたとてつもなくでかいクモが落ちてきそうでビビリながら寝た。
★2007/08/13
本日のAくんは、は、23番目の薬王寺を出発し、24番目の最御崎寺(ほつみさきじ)の間75kmを1日半から2日くらいをかけて歩く予定になっています。
今回の予定では、最も距離のあるところです。
人は、ただただ歩いていると、疲れがでてきますが、
ある段階から、歩いていることさえわすれて、
脚が動くようになることがあります。
そして、また疲れが出てくる、さらにまた歩くことを忘れてしまうという意識の繰り返しがあると思われます。 一種の瞑想状態にはいることもあります。
あせるなA君。
【後日記載:A君の日記】
昨日に続いて今日も雨に降られながらのスタートとなった。
雨のため洗濯物が異様なニオイを発していたので、
午前はほぼその臭いを消すのに全力を尽くした。
午後はその遅れを取り戻そうと頑張った。
海岸線をずっと歩いていて、着いたのは無人の休憩所(ゴロゴロ休憩所)
ホントになんもなくて、目の前は崖で下は海
上はこぼれ落ちてきそうな星たち
そんなところで、登山をしていたおじさんとサーフィンの若い人で
ずっと談笑していた。
★2007/08/14
A君は、本日も前日の続きを歩いていると思われます。
横浜の現在の温度は、当ビル内で31度です。
A君の歩いているところは、どの程度なのでしょうか。
と書き終わった後に、、
A君から電話(公衆電話)がありました。
彼は、昨日につづき、現在23番目の薬王寺と24番目の最御崎寺の間を進んでいるようです。
昨夜は大雨で、寝泊まりできるようなところがなかったようです。
彼の表現では、「昨夜は死んでいた」そうですが、
本日、彼は生まれ変わったのかな。
また、
彼は、雨の日に、家で布団に寝られる良さを、
しみじみと感じているかな。
今回のお遍路さんの旅は、本日、約半分を過ぎます。
予定でいえば、残る旅は、あと10日間です。
【後日掲載:A君の日記】
今日は24番の寺をまわって室戸まで行った。
自分でも恐ろしくなるほど歩きまくって、
途中で熱中症をなってしまった。
でも速く速くと思うあまり 海を見ることなく着いてしまった。
これも「無」になったと言うことなのかもしれないが、明日はもう少し味わおうと思う。
そして四国初のマメができてしまった。
今日からマメとのが始まるのかと、
少し憂鬱になる。
泊まったのは室戸の港で風が気持ちよかったが、
めっちゃでっかいゴキブリに食料を狙われずっと格闘していた。
★2007/08/15
現在朝の10時過ぎです。
本日のA君は、まだ、24番の最御崎寺に向かっているのでしょうか。
今回のお寺までの距離がありますからね。
【後日掲載】
マメが翌日までひびき、カメ並の遅さでトロトロ歩いた。
それでも25〜26の寺を打って少し行った。
奈半利温泉の前の公園でぐっすり寝た。
(もちろん温泉には入らず。)
今日ほど足に気を向けた日は無かっただろうと思う。
だんだん歩けるようになる感じが、
最初下がっていた自分の気持ちをまた上げて
くれた。
こいつともつきあえそうな気がしてきた。
一時の気持ちだけでものを判断しちゃいけねぇなと思った。
★2007/08/16
今朝、A君から電話がありました。
電話で、開口一番、「お金をなくしても、生きていけるんです」です。
これ、大きな気づきです。
お遍路さんの旅をしていると、さまざまな出会いがありますね。
ここ数日間の出会いは、お金を無くしても、お遍路さんを続けている人、リストラにあってお金がないのにお遍路さんをはじめた人、…………など。
A君は、お金が生きて生活したり、
納得し満足するためのさまざまな方法、道具の中のひとつであることを実体験しているようです。
A君、たくましくなってきました。
現在26番目の金剛頂寺(こんごうちょうじ)と27番目の神峰寺(こうのみねじ)の間、33kmを
足のマメをつくりながら歩いています。
【後日掲載】
今日は、
27番の神峯寺を通ってひたすら歩いた。
27への道はめちゃめちゃ急だと聞いていたので、マメの身としてはかなり不安だったが、
それなりにいけたのでよかった。
そこから歩きのペースに気をつけて速く歩くと
驚くほど進めた。
次もやるわ!
駅で寝ようとすると、おじさんに海水浴場で寝るように勧められて
行ったのだが途中で道に迷ってしまったが、
近くのプール場でおじさんに泊められてシャワーも浴びることができた。
失敗したと思っても
そこから何が起こるかわからない。
★2007/08/17
A君は、27番の神峰寺から28番目の大日寺の間38kmの付近を歩いているとおもわれます。
彼は、汗だくだと思いますが、
お風呂にはいれないので、水浴びくらいはしているかな。
本日夜、Aくんから電話がありました。
日中の気温は、体感で30度越え、アスファルトの上は、50度くらいとのこと、それを聞いただけで、こちらも暑い。
足は、マメができて、水ぶくれになっているようです。
お遍路さんの旅をしている高校生が珍しいのか、
彼は、同じ旅をしている人たちに親切にしてもらっているようです。
こんな体験を続けながら、彼が”生きているっていいなー”と感じられればすばらしいですね。
本日は、駅のベンチで眠るとのこと。現在30番目の善楽寺付近にいるそうです。
【後日掲載】
今日は28番〜29までの寺をまわって
土佐一宮駅に泊まった。
午前は今までで最高に感じるほど暑く感じて
途中で1時間半ぐらい寝てしまった。
そこからスパートしていったが、
29からの道が分からず、
永遠に市街地をさまよった。
川べりの病院らしきところでやっと道を教えてもらい、
近くの駅に泊まったが、
そのときもう9時を過ぎていた。
高知の人は道を聞かれたら、
こっちじゃ考えられないぐらい親切に教えてくれる。
今日なんか二度ぐらい「車で送ってやろうか」と言われた。
みんなにもっと感謝しなくちゃな
2007/08/18
本日は、30番目の善楽寺を過ぎ、現在31番目の竹林寺あたりでしょうか。明日か、明後日以降は、50km ,94km,74kmのお寺の距離が待っています。
彼の今の旅の時間と距離からみると、
8/24に帰宅するには、
最終の40番目の観自在寺まで行くことはむずかしそうです。
夜にA君から電話がありました。
現在、33番目の雪渓寺のあたりにいるそうです。
彼いわく、今日は熱中症になりかけたそうです。
暑さで、頭が少しボーとしているのか、二度も忘れ物をして、お寺で自転車を借り、もと来た道を戻ったそうです。おつかれさま。
熱中症だけは気をつけてもらいたいですね。
【後日記記載:A君の日記】
今日は30番〜33番のお寺まで行き、
通夜堂というお寺の中で泊まれるところで泊めさせてもらった。
この日は今までやったことのない未知の体験をした。
そう、歩きでなく走って、まわったのだ。
32番の禅師峯寺までの道のりを迷ってしまい。
さらに33番雪渓寺までの道のりで、
渡し船が無くなったので、
かなり遠回りをして行かなければならず、
お寺が閉まるまでにいけなくなるとい
う事態になってしまった。
途中の公園で野宿もできたんだろうが、
ここは意地でがんばった。
日中の日差しがガンガン照りつける中、
死にもの狂いで走った。
やっとたどり着いたと思ったら、
前の寺に杖を忘れてくるという大失敗を
してしまった。
幸い、お寺の人に自転車を借りて、
取りに行かせてもらう。
何とかなったが、
疲れて帰ってきたら寝てしまった。
★2007/08/19
現在、31番の竹林寺か、32番目の禅師峰寺(ぜんじぶじ)あたりを歩いているのでしょうか。
【後日記載日記】
今日は33雪渓寺〜36青龍寺までをまわった。
前日にめちゃくちゃ走ったので
もう動けないのではと心配したが、
寝ればだいたい治るもんで、
すっきりと歩くことが出来た。
35番までのところで時速6キロで歩く人にであった。
これは言うまでもなくめちゃくちゃ速い。
ほぼジョギングのようなペースで
へろへろになりながらついていった。
この日は野宿できる様な場所が無く、
このまま夜が明けるまで歩くのかと思ったが
近くに遍路小屋があり、
中にいた22歳の男の人と柔らかい畳の上でぐっすり眠れた。
地元の人々の温かいおもてなしを受け
ほんとに自分は生かされているんだという実感がわいてきた。
★2007/08/20
本日のA君からは、連絡がありませんが、
現在は、36番の清瀧寺に着いたのでしょうか。
今後は、各お寺までの間は、50km、94km、74km……の距離があり、最後の難関です。
23日の最終日(24i日帰宅)に、どこまで行けるのか、ワクワクと元気でかえって欲しい気持ちがふくらんでいます。
今回のA君の旅で、私はA君の言葉や空気からさまざまなことを伝えてもらいました。
A君ありがとう。残り四日だね。
夜、A君から家族に電話がありました。
現在36番目の清瀧寺(しょうりゅうじ)と37番目の岩本寺の間、50kmを歩いているそうです。なお、24日に帰宅するには2日間を要するため、お寺参りは、明日で終了となりました。
【後日記載日記】
マッサージの人に別れを告げて
午前は山と海をひたすら歩いた。
(マッサージをしているお遍路さんと出会い、
マッサージをしてもらう)
マッサージが効いたのか、
午前中はどんどんすすみ、
これは夢の40qいけるのか!と期待したが、
午後にまたもや道に迷ってしまい、
山を2つも越えてしまった。
で結局、近くの土佐久礼駅に泊まった。
夕方の山越えはほんっとうに心細くて帰りたいと思ったけれど、
ここで野宿するともっと恐いのでほとんど走って超えてきた。
★2007/08/21
A君のお遍路さんとしてのお寺参りは、本日で終了します。約半月間おつかれさま。まだ終了していませんが。
今回の旅が、日常生活のなかで、あまりできないよき経験、体験になればすばらしいですね。
【後日記載の日記】
今日は37番の岩本寺までいって足摺岬までひたすら歩いた。
あと2日ってこともあり、
ここら辺でスパートかけますかってことで
普段なら6時終了の時間を無制限にしてやってみた。
しかし、
午後九時を過ぎたあたりで、睡魔が襲ってきて、
近くのバス停で休憩をしようと、ちょっとゴロンとなったら、
気がつくと朝になっていた。
もうちょっと夜の歩きをやってみたかったのだが・・・。
岩本寺では、複数の遍路さんと一緒に談笑した。
やっぱり同じ苦労をしてる仲間
と話すのは楽しい。
女の遍路さんともそこで知り合った。
ここまで来るともうゴールは見えてきて、四万十川まで行こうと決めた。
旅の終わりは果たしてどうなっているのか。
★2007/08/22………本日最終地点
本日の朝7時に、A君から電話がありました。
現在位置は、37番目の岩本寺から30kmの山中だそうです。
これ以上先に進むと、24日に帰宅できなくなるので、今回は、ここをゴールとすることになりました。
彼は、これから土佐くろしお鉄道の中村駅に向かい、帰宅するようです。(歩いてきた道を戻るようなかんじになります)。
【後日記載の日記】
バス停から起きあがって重い脚を引きずりながら、目標の四万十川までいった。
これで最後だと思うと
一歩一歩が愛らしく感じる訳もなく
ひたすら足のマメと戦っていた。
この旅で
自分は何を感じることができたのだろうと
なんか哲学的なことを考えたりして、
ひたすら歩いてた。
四万十下流の高台から見た海に沈む夕日がとてもきれいだった。
ここから見てみると、
ここが旅の始まりなんだという実感が沸いてきた。
いろいろな人々のおかげで、
ここまで生きてくることができた。
ありがとうございました
★2007/08/23
今朝早く、A君から土佐くろしお鉄道の中村駅から窪川駅に着いたとの連絡が入りました。
帰宅は、明日午後とのことです。
彼は、疲れているのでしょうが、声の調子からみるとたんたんとしていて、いつもの調子でした。
今回は、メールによる連絡は、最初だけで、ほとんどできませんでしたか、次回のチャンスがあれば、お楽しみということで。
【後日記載の日記】
まあ旅は昨日で大まかには終わったのだが、
自分には最大の難関(?)である1.5日間の電車の旅というものがある。
中村駅から高知に行って
四国のど真ん中を突っ切り、
高松、岡山まで出て、
米原という駅のベンチに寝た。
中村から高知に行く間に
おばさんに出会って、
高知で一番有名という所の鯛のストラップをくださった。
自分がかぶっている帽子に書いてある文字は
なんと読むかと聞かれ
ちょっと読んでみた。
漢文(五言絶句)
迷うが故に三界は城
悟るが故に十方は空
本来東西なく
何処にか南北有らん
この意味が今は分からないが
いつか分かればいいなと思う。
そのときには、僕はもっと良き心を持った人になっているのだから。
★2007/08/24
A君は、本日、午後に、横浜の自宅に帰宅の予定です。さまざまな土産話を期待しています。
本日3時頃、A君がセンターに来訪しました。
自宅に帰る前に、センターに寄ったそうです。
真っ黒に日焼けし体も顔も精悍になって帰ってきました。無事旅がおわり、すべてよしです。
★2007/08/25
本日のA君は、旅から帰宅して、
自宅でのんびりしています。
今回、彼から毎回PHS(エッジ)で旅のメールを送ってもらうことになっていましたが、
電池の問題で、送ってもらうことができなかったので、
日記に書き残したものをこのサイトに載せることになりました。
本日は、”後日掲載日記”として、8月7日、8月8日、8月18日の三日分の日記をこのサイトにのせました。
また、残りの日記も、すこしずつのせていこうと思います。
読者のみなさん、ご愛読ありがとうございます。
残りの旅は、次回のテーマとなります。
みなさんも、よき人生の旅をされてください。
★2007/08/26
A君が、旅から帰り2日目です。
本日、日曜にかかわらず、サッカーに出かけました。
元気です。
また、
旅日記は整理中です。
その内容は、このサイトに書き足していきます。
(本日、後日掲載日記:8/6分)
★2007/08/27
本日、A君の撮ってきた旅の写真ができあがってきましたので、このサイトに載せました。
写真を載せましたので、このサイトの立ち上げが、すこし重くなっています。(後日記載の8月9日分)
★2007/08/28
本日、同級生と旅に出ました。
自転車旅行の予定でしたが、電車旅行に変わったようです。
A君は、元気いっぱいです。(後日記載:8月/10日分)
★2007/08/29
本日、A君の8/11の日記(後日記載:8月11日分)を記載しました。
★2007/08/31
昨日は、A君の日記が整理されていなかったので載せませんでした。
本日は、整理された日記がメールで送られてきたので、それを掲載します。(後日掲載:8月12日分)
★2007/09/01
本日は、朝、8月13日分の日記が送られてきましたので、掲載します。
(後日掲載:8月13日分)
★2007/09/02
A君は、高校二年生です。
将来の進路を決めるために、具体的な行動が起こり始めたようです。
本日の8月14日分の日記が送られてきました。
(後日掲載:8月14日分)
★2007/09/03
以下は、A君から送られてきた日記です。
(後日掲載:8月15日分)
★2007/09/04
本日も、A君から送られてきた日記です。
(後日掲載:8月16日分)
★2007/09/05
本日も、A君から送られてきた日記です。
(後日掲載:8月17日分)
2007/09/06
A君から送られてきた日記を記載しました。
(後日日記:8月18日分)
★2007/09/07
送られてきた日記です。(8月19日は記載済み)
(後日記載日記:8月20日分)
★2007/09/08
そろそろ、日記もおわりに近づいていますが、以下は送られてきた日記です。
(後日記載日記:8月21日分)
★2007/09/09
送られてきた日記です。
(後日記載日記:8月22日)
★2007/09/10
送られてきた日記です。
(本日の後日の記載日記:8月23日)
★2007/09/11………旅を終えて 1
高校生が
四国八十八カ所を歩きでまわると聞いたら、
まわりの大人はたいへん驚くと思うが、
自分としてはそんなに驚くことでもないのにと思ってしまう。
なぜなら、高校生だって
あと何年かすれば大人になるのだから。
★2007/09/12…………旅の総括(旅を終えて 2)
一応四国の半分を旅してみて、
終わってしまうと、いろいろ肉付けされてちょっと悟った気になってしまうのだが、
歩いているときは、暑さと重さからなんにも考えていなかった様に思う。
文字通り骨だけになってしまったのかもしれない。
歩いてるうちに意識が遠のいてしまって、
眠りながら歩いたことが何度もあった。
そんだけになると、どんな些細な親切でも骨の髄まで沁みてくる。
旅先で親切にして下さった人々の「おかげさん」で
今の今まで生きてくることができました。
有り難うございます。
寝るか、食べるか、歩くかしかしないと
なんかだんだん普段は分からない感覚が見えてきたりして、
普段はわからないような自分を見つけたりして、色々思う。
そんなかでも特に背中に感じたのは「死ぬ」ってことだ。
20番の寺の手前で
お大師さんにおまえに死ぬ覚悟はあるかと聞かれて、それを時々思い出しては
「俺はそんだけの覚悟で生きてねぇ」とへこむのだが、
何となく最近
「なんか自分じゃない大きなものに一回体を預けるってことが死ぬ覚悟なのではないか」って思う様になった。
まあ、たかがこのくらいの旅で分かった気になるはずもなく、
また分かったらおもしろくなく、
これからどうするかは、とりあえず精一杯高校生活やってみて決めようと思う。
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